
秋田県雄勝郡羽後町(うごまち)大戸在住 阿部アイさん
ご主人と農家を営み、三世代同居でお孫さんの面倒をみながら日本三大盆踊りのひとつである、西馬音内(にしもない)盆踊りの衣装として使用される編み笠づくりを続けること20年以上、地域につたわる伝統行事を陰からささえています。
西馬音内(にしもない)盆踊りを踊ってみたい
西馬音内盆踊りとは、羽後町の西馬音内地区に古来より受け継がれている年中行事です。阿部アイさんは、同町の山間部である仙道地区の出身、西馬音内地区へ農家の嫁として嫁いできました。一度は踊ってみたいと思っていた盆踊りですが、踊る機会に恵まれずにいたそうです。56歳の時にこの思いを成就させるべく一念発起し、踊り衣装を準備する際に立ち寄ったお店で衣装の編み笠を見て「価格が1万円を超えている!意外に高いぞ!これなら自分でも編んでみてもいいかも!」と思ったことがきっかけだったそうです。
一筋縄ではいかなかった編み方の習得
編み方を覚えるため、編み手の人の情報を集めていると、編み笠を作っているのは、町内と隣町で二人しかいないと知った阿部さん、町内で編み笠を作っているお婆さんのお宅を訪ねていきました。この方へは、編み方を教わりたいと過去にも訪ねていった人がいたようですが、一切教えたくないと断っておられ、阿部さんが訪ねて行った際も「材料や道具もないし、3年間作っていないので教えられない」と同様に断られたそうです。
しかし阿部さんは、どうしても教わりたいと、何度も訪問し、材料や編み方のポイントだけをなんとか聞き出し笠編みを始めます。材料や道具は処分されていたのでイチから自分で準備し、編み方の練習を繰り返しながら、わからない部分があるとお婆さんを訪ね、世間話をしながら上手く話しを聞き出していったそうです。当時、アイさんのお孫さんは幼少期で手がかかったこともあり、笠編みに時間があまりとれない中、試行錯誤しながら一つ目の笠が完成させます。しかし、販売されている笠よりは不格好であったので、もっといいものを作りたいとの思いから笠を作りつづけました。
材料の準備も、山あり谷あり
笠編みを始めるにあたり、材料となったい草の調達には、町内の畳屋さんを何件か訪れたそうです。この際、快く協力してしてくれた一件の畳屋さんが「練習するためのい草ならば、お金をかけなくても端材をあげるからそれで練習したらいいよ」と、無償で端材をくれたりもしたそうですが、ここで材料として購入することは出来ず、編み笠に適したい草の調達のため、町役場や農協など購入先の情報が手に入りそうなところへは、方々訪ねて行ったのですが、なかなか良い情報が得られず、ならばと、ご主人が栽培をおこなったこともあったそうですがそれも上手くはいかなかったようです。そんな中、栽培方法の情報提供をしてくれた、岡山のい草栽培農家さんが材料を譲ってくれてることとなり、編み笠を作っていくことができているといいます。この方はこれをきっかけに西馬音内盆踊りを観に来られたこともあるそうで、笠編みを始めたことで様々な交流が生まれたと阿部さんは語ります。
自分の編み笠を編むつもりが・・・
編み始めて3年目、自分が編んだ笠を友人へ見せていると、そこにいた別の方が自分に譲ってほしいと言い出したそうです。阿部さんは、「自分が編んだ笠を使ってくれる人がいるなるなら」と、これを承諾し新しい笠を編み続けます。西馬音内盆踊りは、平成11年にテレビ放送で取り上げられた影響を受け踊り手が増加、不足していた編み笠を阿部さんが作れるという噂は、販売店や踊り手さんたちに広まり、ピーク時は年間70個以上作ったそうです。
編み笠へかける思い
「使う人に喜んでもらいたい」という一心で、綺麗に丁寧に編むことにこだわっておられる阿部さん。一つを作るためには、材料の調達、選別があり、実際に編みだしてからも数日かかる笠編み。手間暇の割にお金儲けにはならないので、お金のことを考えると編みたくなくなるとおっしゃいます。自分の思いどおりに編めない時は、編むのを辞めたくなることもあるそうですが、やっとの思いで編み方を習得し20年以上編んできた様々な思いを考えると、笠編みは捨てられないそうです。
阿部さんへは7人ほどの方が編み方を習いに来たそうですが、笠編みで多くの収入を得ていくことは困難で、この技はなくなりかけている状況です。
後継者問題について質問すると、阿部さんは自分が編み始めた時の話を持ち出し「当時、羽後町に一人しか編める人がいなかったことを知らずに、私が編みたいと思って教わりにいったので、自分が後継者を残したいとかではなく、技術が失われそうになれば自然と誰か教わりたいという人がでてくる」とおっしゃします。現に、昨年から羽後町の地域おこし協力隊が笠編みの技術を保存しなければと教わりにきているとのことで、今まで以上に張り切って笠編みをおこなっています。
ライター情報
ライター: 崎山健治(さきやまけんじ)
2016年5月、大阪より秋田県羽後町へ移住し地域おこし協力隊として活躍中