【DMO Vol.10 羽後町田代地区の原風景を守りたい!「鎌鼬(かまいたち)美術館」建設プロジェクト】

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Tatsumi_Hijikata_1こんにちは、トラベルデザインの村岡です。

突然ですが、あなたは「土方 巽(ひじかた たつみ)」という人物をご存知でしょうか。1928年(昭和3年)に秋田市で生まれ、近年、世界的なブームを呼んでいる舞踊芸術「舞踏(ぶとう)」において独自のジャンル「暗黒舞踏」を創り上げた人物です。

土方巽について
幼少時代を秋田で過ごし、高校卒業後にダンスを習い、24歳で上京。
舞踊研究帝に入門し、モダンダンサーとしてデビューしました。

その後、数々の作品を世に送り出し、「舞踏とは命がけで突っ立った死体である」など多くの名言を現し、社会の裏面史や日常の背後に埋もれた身振りや記憶を作舞することに”暗黒”の意味をこめた「暗黒舞踏」を確立しました。

そしてある時、土方の父の出身地でもあった秋田県羽後町を、写真家細江英公と共に訪れ、今も農村の原風景が色濃く残る田代地区にて土方は様々なパフォーマンスを披露。それを写真家細江が撮影し、「鎌鼬(かまいたち・KAMAITACHI)」という写真集が完成しました。

これが世界的に大ヒットを記録し、土方巽の名はもちろん、細江も一躍日本を代表する写真家と言われるまでになりました。Tatsumi_Hijikata_2

そもそも”鎌鼬(かまいたち)”とは
鎌鼬(かまいたち)とは、日本で古くから言い伝えられている妖怪です。つむじ風に乗り、鎌のような爪で人の皮膚を切りつけるといわれています。この写真集は、見る者の常識を切り刻むような土方の前衛的ポーズに満ちあふれているというコンセプトから、「鎌鼬-KAMAITACHI-」と名付けられました。

鎌鼬美術館建設プロジェクト
1986年(昭和61年)の土方の死去後も、舞踏は”Butoh”として世界中に広がりを見せました。そして近年では、そんな土方巽が愛した地である「羽後町田代地区」を一目見ようと、アジアはもちろん、ヨーロッパやアフリカ大陸からもはるばる足を運ぶ方が増えてきました。

そしてこの度、こうした海外からの来訪者をより増やしていく、そしてそんな羽後町田代地区の原風景を守るべく、「NPO法人鎌鼬の会」が発足され、同地区に今も立派に残る地主の邸宅「旧長谷山邸」を改修し、「鎌鼬美術館」を建設する運びとなりました。

8月上旬より、秋田魁新報社が運営するクラウドファウンディングサイト「FAN AKITA(ファンあきた)」にて、建設のための資金も募っています。
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→ご支援はこちら

「農村に足を運ぶことでその原風景が守られる」、こうした取り組みを増やしていくこともれっきとしたインバウンド活動です。そして、こうした取り組みを増やしてくためには、その地域の歴史を知り、そこで今生活している人々の暮らしや考え方、そして想いを知ることが何より重要。

引き続き、”Made in Ugo”を世界へ発信していきたいと思います!Tatsumi_Hijikata_3

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